事故、事件、災害、病気、自死等によるいのちに関わる体験を共有しあうことで、
誰もが誰かのいのちを包む社会づくりに貢献していきます。
讀賣新聞2026.3.3
乗客乗員520人が死亡した1985年の日航ジャンボ機墜落事故で、次男の健君(当時9歳)を亡くした 美谷島みやじま 邦子さん(79)が、福岡市博多区で講演した。参加した公共交通機関で働く事業者らを前に、「安全には終わりがない。安全は守るものではなく、築き上げるものだ」と訴えた。
航空や鉄道、船舶などで事故に遭った被害者の支援を考えてもらおうと、国土交通省九州運輸局が主催。オンラインとのハイブリッド形式で行われ、約60人が耳を傾けた。
健君は夏休みを利用し、大阪にいる親類の家に向かうため1人で初めての飛行機に乗り、事故に遭った。美谷島さんは当時、墜落現場の御巣鷹の尾根(群馬県)に4時間かけてたどり着いた。泥だらけになりながら愛息を捜し続け、「『けんちゃん、ごめんね』と山に呼びかけた」という。
自責の念にさいなまれながら、事故の遺族らでつくる「8・12連絡会」事務局長を務め、事故の原因解明や風化防止に奔走した。「遺族の仲間がいる中で『生きなければ』と思った。世界の空の安全を促したいという決意があった」と振り返った。同会の働きかけを受け、日本航空は事故機の保存と遺品の展示を行い、研修などに生かしている。
美谷島さんは「遺族の悲しみのトンネルはどこまでも続く。利益や効率を優先することで、地道な安全対策の積み重ねが置き去りにされてはいけない。安全の最後の守り手は人間の意識だ」と呼びかけた。
日航ジャンボ機御巣鷹山墜落事故にて当時9歳の息子健さんを亡くされた美谷島邦子様(「8.12連絡会」事務局長、「いのちを織る会」代表理事)をお迎えし、520名の方々が亡くなった事故当時の深い悲しみ、その後の安全をつくる活動、いのちの大切さについてご講話いただきました。
国土交通省公共交通事故被害者支援室のアドバイザーも務める美谷島様からは、北海道知床半島沖での観光船沈没事故や羽田空港地上衝突事故に関するお話もいただきました。「安全対策に正解はない。正解は存在するものではなく、つくり出すもの」、「安全は目には見えないが、安全でないことは目に見える」とのお言葉に、学生達は真剣に耳を傾けていました。美谷島様は全国各地で講演活動をされ、2024年にはオランダで開催された航空機事故の犠牲者及びその家族への支援に関するシンポジウムにも登壇されました。事故から今年で41年となる現在も、伝え続けてくださることの意味、その思いを学生達が少しでも感じてくれる時間となればと考え、このような機会をいただき今年度で3年目となります。
事故当時のことについて、「伝えるということは、心のどこかが少し痛い」との思いを持ちながらも、学生達に健さんとの日常、突然の別れとその後の深い悲しみについて、お話くださいました。最後には美谷島様が文章を書かれた絵本「けんちゃんのもみの木」の朗読をいただきました。この絵本は、美谷島様から本学ふじみ野キャンパス図書館にも寄贈いただいています。多くの学生に読んでもらいたい絵本です。
福祉の専門職を目指す学生達が、美谷島様からいただいた「人を治すのは人」であり「悲しみを語ることは亡き人への愛を届けること」とのお言葉、「悲しみは乗り越えるものではない」、「一人一人の悲しみは点だけれど、繋がることで線になる」とのお言葉を忘れずに、福祉の現場で誠実に、人に寄り添うことのできる人材に育ってほしいと思います。今年度も美谷島様には大変貴重な機会をいただきました。
2026・1・13
第2回ICAO航空機事故の犠牲者及びその家族への支援に
関するシンポジウム(AAAVF2024)への登壇報告
美谷島邦子
2024年11月26日~28日にオランダで第2回ICAO(国際民間航空機関)航空機事故の犠牲者及びその家族への支援に関するシンポジウム(AAAVF2024)が開催されました。
このシンポジウムは、ICAO主催の国際的な企画で、今回が2回目です。被害者の発言を重要視して、飛行機事故の被害者が互いの経験を話し、それをもとに今後の被害者支援を考えていく提言が出されます。
私は、2012年、国土交通省が設置した「公共交通事故被害者支援室」の立ち上げの委員を経て、現在は、公共交通事故被害者等支援アドバイザーを務めています。今回、被害者支援室を通じて、航空局からこのシンポジウムへの登壇の話を2024年9月にいただきました。他のセッションでは、JALの立花役員も登壇しました。
飛行機事故の被害者は、事故が起きてから、大きな悲しみの中、事故原因とその責任についてや賠償や慰霊施設などで、国や航空会社との話し合いをし、被害者組織の運営を行っている。御巣鷹山事故の被害者で作る「8.12連絡会」は、長きにわたり、コツコツと活動し、被害者支援に対して様々な成果をあげ、今も活動している。今回のシンポジウムで、その歩みを是非紹介して欲しいというリクエストでした。
私は、当日の第2セッションで、御巣鷹山事故の概要、被害者を支援する国の組織がない中、8.12連絡会は遺族の心のよりどころになり、今も活動をしていること。財団法人慰霊の園は、上野村、事業者、被害者で構成され、慰霊行事、慰霊登山などで被害者を事故直後から支えている事。又、国の被害者支援室が2012年に遺族たちの要望で設置されたその経緯と国が被害者支援計画を促進する為のフォ―ラムに、被害者も参加している事。遺族が粘り強く要望して、日航安全啓発センターができたこと。そして、航空機事故の遺族らに対する迅速な情報提供や経済的、精神的支援の重要性を訴えました。
日航機事故遺族が支援訴え オランダで国際シンポジウム
共同通信 2024.11.27
【ハールレム共同】1985年の日航ジャンボ機墜落事故遺族の美谷島邦子さんが26日、オランダ中部ハールレムで開かれた国際民間航空機関(ICAO)主催の「航空機事故犠牲者・家族支援シンポジウム」に出席した。航空機事故の遺族らに対する迅速な情報提供や経済的、精神的支援の重要性を訴えた。美谷島さんは自らの経験を振り返り、遺族が事故に関わる情報を「迅速かつ平等」に得られ、国などによる必要な支援が受けられる仕組みの構築が必要だと指摘した。空の安全の追求には「終わりがない」と強調。「安全は守るのではなく、築き上げるものだ」とも述べた。
第2回ICAO航空機事故の犠牲者及びその家族への支援に関するシンポジウム
(AAAVF2024)オランダ
PHILコンサートホール Lange Begijnestraat 11 2011 HH Haarlem The Netherlands
2024年11月26日(火) 09:00-10:00
11:00-12:30 プレナリーセッション2
「被害者の声」 本セッションは、航空機事故被害者とその家族を代表する講演者が、その経験を分かち合う重要な場となる。
モデレーター バルディス・アダルスタインスドッティア ICAO理事会アイスランド代表 ラウンドテーブル・ディスカッション
第1セッション
・Pilar VERA PALMES ピラール・べラ・パルメス
スパンエアー5022便離陸失敗事故AVJK5022事故犠牲 遺族会会長、
国際航空事故犠牲者遺族連合 (ACVFFI)議長、 (スペイン)
・ジュナイド・ハミド エアブルー墜落事故被害者遺族会(ACAA)パキスタン会長
・アルボーズ・サデギ ウクライナ国際航空752便撃墜事件(カナダ)
・バーント・ガンス (HIOP-AF447協会会長)
・クラウディア・カラスコ (チリ航空事故被害者協会会長)
第2セッション
・クニコ・ミヤジマ 御巣鷹山航空事故遺族会(ACAA)議長 (日本)
・セレーナ・ペサパネ 2001年8月8日(イタリア航空事故遺族会)
・ポール・ニョロゲ エチオピア航空ET302便遺族基金(エチオピア)
・トーマス・シャンスマン (マレーシア空港17便撃墜事件)MH17航空事故遺族会(オランダ)
・サミーラ・アイサ ET302
シンポジウム前日、通訳のかたと対面 登壇者の紹介と打ち合わせ
サルバトーレ・シャキターノICAO理事会議長と
NTSBのエライアス・コンタニス氏と
【ハールレム共同】ピラール・ベラさん(71)は、2008年にスペイン・マドリードで150人以上が死亡したスパンエアー機事故で姪を亡くして以来、航空事故犠牲者の家族の権利を擁護する長い闘いを続けてきた。
2015年にスペイン、パキスタン、ドイツの3団体とともに、「航空事故被害者家族国際連合」を設立、ベラさんは「被害者の声」を届ける取り組みを主導してきた。航空機事故の後、多くの被害者が感じる、当局、航空会社、保険会社の間の非効率性と無関心を変えたいという思いからだ。
2024年11月26日、オランダのハームレムで開催されたシンポジウムで講演する、国際航空事故被害者家族連盟の会長であるビラール・ベラ氏(左から2番目)共同通信社
ベラさんの組織は、より多くの地域からの団体の参加が望ましいと考えており、2014年のウクライナ東部でのマレーシア航空の航空機撃墜事故や、2020年イラン革命防衛隊によるウクライナ旅客機撃墜事故の遺族会もメンバーだ。最近は、
1985年の日航ジャンボ機墜落事故遺族とも交流を深めた。
11月にオランダで開催された航空事故被害者支援に関するシンポジウムには、ベラさんのほかに日航ジャンボ機墜落事故の遺族らでつくる8・12連絡会の事務局長美谷島邦子さん(77)も参加。ベラさんは、インタビューで、マドリードを拠点としている航空事故被害者家族連合は、さらなる団体の参加も歓迎する意向を示した。
「経験、学んだ教訓、知識を共有することは、愛する人の喪失に向き合うために不可欠です」とベラさんは話す。
ベラさんが、国内外で航空機事故犠牲者の家族の支援や航空安全強化のために活動しているのは、2008年8月、マドリードの国際空港を離陸した直後に発生したスパンエアー5022便の事故がきっかけだ。
ベラさん自身が経験したのは「事故前、事故中、事故後の緊急事態の管理における混乱」そして「民間航空会社側が、航空事故の犠牲者とその家族たちが経験する悲劇を前にして、最初に寄せる思いやりの範囲を超えて対応しようとする姿勢の欠如」だった。
「世界中の飛行機事故で同じことが繰り返されるのを見るのに疲れた」とベラさん。「泣いているだけではだめだと思った。被害者とその家族への支援の状況を変える決意をした」。
ベラさんが主に取り組んでいるのは、国連機関でもある国際民間航空機関(ICAO)に働きかけ、航空機事故で影響を受ける人々を支援するための「共通モデル」を構築することだ。
各国は事故時に備えた緊急計画があるものの、ベラさんは、通常は「一般的」な計画に過ぎないと話す。だが、実際の航空事故は、アクセスが制限されている空港で発生するなど「複雑かつ専門的」で、訓練や、過去の教訓を学ぶことが重要だという。
ICAOは、すでに何十年にもわたり航空事故被害者家族の支援の問題に取り組んできた。総会は1998年に、被害者とその家族の心身の「健全な状態」が加盟国にとって考慮されるべきとの認識を示した。またICAOは家族支援計画作成のためのガイダンスも策定した。
2024年11月27日、オランダのハームレムで共同通信のインタ
ビューに答える国際航空事故被害者家族連盟のビラール・ベ
ラ会長 (共同通信)
事故直後、そしてその後に続く被害者家族のニーズはさまざまだ。家族が巻き込まれたことについての速やかな連絡に始まり、正確な犠牲者の身元確認、遺体の返還、メンタルヘルスカウンセリングなどが含まれる。航空会社、空港運営者、政府機関などが連携して取り組むことが、効果的な対応の鍵となる。
だが、スパンエアー機事故の対応で、ICAOのガイダンスが適用されているとは思えなかったベラは、ICAOの規制の改善を求め、「長く、複雑で、困難な」道のりを歩き始めた。
ベラさんは、航空事故犠牲者の家族の権利擁護者として国際的に有名なハンス・エフライムソンと知り合い、彼の活動を引き継いだ。エフライムソンは1983年のロシア極東サハリン沖上空での大韓航空機撃墜事件の遺族で、米国の遺族会の会長でもあった。彼は2013年に亡くなった。
ベラさんの活動のおかげで、2016年には航空事故被害者家族連合がICAOの一部会議への参加が認められたほか、
2022年にICAOが、加盟国への要請として、航空事故の犠牲者と家族を支援する法律や政策を打ち出すことについて「推奨される慣行」から国際的な「標準」へと引き上げた。
しかし、ベラさんは、ICAOの193の加盟メンバーにおける「標準」の実施は「最小限」で、航空業界は、遺族が支援の強化を求めるのは補償のためではないかと「疑念」を抱き続けていると話した。
「一概には言えませんが、彼らは私たちの提案に恐れを感じていると思います。常に国が被害者への配慮に一銭も費やすべきではないと思っている。なぜなら、それは『航空会社とその保険会社の問題』と感じているからです」とベラさんは言う。
オランダ中部のハールレム市で行われた3日間のICAOシンポジウムの最終日、ベラさんは、支援に関して、各国や航空会社に求めているのは「同情」ではなく「より多くのコミットメント」だと訴えた。
また、航空事故被害者家族連合は、シンポジウムで、事故情報を被害者家族やマスコミに伝えるための「ベストプラクティス」のガイドの作成や、最終事故調査報告書を被害者や家族の言語に翻訳するなどを提案した。
2024年11月26日、オランダ・ハームレムで開催されたシンポジウムに出席する、国際航空事故被害者家族連盟のビラール・ベラさん(右から4番目)と1958年に日本航空ジャンボジェット機墜落事故の遺族会を率いる美谷島邦子さん(左から2番目)共同通信
オランダから東京に帰国した美谷島さんは、世界中の被害者家族を結びつけるベラさんの努力をたたえた。
「今苦しんでいる人たち、そして、これからの人たちにどんなにか大きな力と光を与えてくれるでしょう」と、美谷島さんは話す。美谷島さん自身、9歳の息子を事故で亡くし苦悩の日々を過ごした。また公共交通機関の事故の被害者に対する国の支援の強化にも尽力してきた。
美谷島さんは、8・12連絡会の活動を支援している、自身が率いる団体を通じて航空事故被害者家族連合に参加する予定だという。
ベラさんは、航空業界との抵抗ともたたかってきたこれまでを振り返り、「16年やってきたが、疲れた」と口にした。
しかし、彼女は、連合が、航空事故被害者とその家族のための揺るぎない擁護者になると見ている。事故調査と補償問題が終われば、個々の遺族会が「シャボン玉」のように消えていくと感じているだけに、連合の意義があると思っている。
「以前は一人だったけど、今はもう一人じゃない。もし私に何かあったとしても、仲間がこの活動を続けてくれると確信しています」
(共同通信 田中美恭 原文は英語)
